謙信公のお孫さんが彦根に!

14日、「びわ湖東北部地域連携協議会」主催の
ウォーキングに友達と参加させていただきました。
定員20名のこじんまりした集まりで、単に歩くだけでは
なく、地域の事や自然の説明などをしてくださり、近くに
住んでいながら「初耳!」と、驚いた事もありました。

集合場所は彦根市の多景公園。私家から車で15分足らず。
ここから近場を歩きます。
健康チェックや歩き方の学習のあと10時頃に出発。

*黄色に色付いたメタセコイヤ。
 早速スタッフさんが、『和名はアケボノスギです』と。
 なるほど、名は体を表す・・・ピッタリと思いました。
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*湖東地方(琵琶湖の東)も紅葉が進んできました。
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*遠くの山は伊吹山。
 小春日和ののどかな農村の風景です。
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*八坂(はっさか)地蔵尊。
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聖徳太子が20歳の頃、住民の平穏と無事を願って、
自らのお手でおつくりになったお地蔵尊を八坂村に
お祀りされたと言う言い伝えがあります。

そのお地蔵尊は天変地異等によって、長らく地中に
埋もれていましたが、『南無地蔵大菩薩さまがあの大欅
の南に埋もれておられ、衆生済度のために、この世に
現れんと希うておられる。早くお祀り申しあげよ』と、
老僧が現れた夢をみた領主が掘り起こしてみると、
お地蔵尊が宝珠を抱いてお出ましになりました。

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・・・世は戦国時代となり、上杉憲政公が上杉重左エ門
と名乗って八坂村に来られ、築城のさい、この霊験あらたか
なるお地蔵尊を守り本尊としてお祀り申し上げた。
重左エ門には嗣子がなく、謙信公のお孫さんが八坂村に
来られましたが、関ヶ原の戦いで石田方に応じて敗れ、
多景島に逃れて切腹されました。
この時城は落城したが地蔵尊はご無事であった。
その後、上杉領主は八坂村の住民に広く世の為に、この
お地蔵尊を順にお世話して貰って、その徳にて生活する
のがよかろうと任せられた。
・・・謙信公のお孫さんが彦根に住まわれたとは初耳です。

*野田沼 30cmくらいのフナ?コイ?を釣り上げている人も
 おられました。
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*遠くの山々がとても綺麗。
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*大豆 葉があるうちは収穫はまだ。葉が落ちたら収穫です。
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*これから一層、秋が深まりますね。
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*「コブシ」の木だそうです。
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*美しい紅葉を愛でながら約2時間・4km余のウォーキング
 でした。一人ウォークの倍の時間です。(^^;
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私は当日朝も72分・約5.2km 歩いてからこのウォークに
参加しました。元気に歩く事ができ幸せと思います。

*おまけ・・・9日夕方、裏の(遠くの)たんぼを見ると・・・
 カラスよりは大きいので「キジさん!」と喜びましたが、
 歩くのがノロいから違う。誰やろ?(笑) 『トンビ』ですね?
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