彦根城と周辺を散策

各地から桜の便りがちらほら届く頃(18日)、梅はもう遅い
かなぁ~と思いつつ、彦根城と周辺を訪ねました。

*彦根城は平山城なので、少し登らねばなりません。
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  当然ですが、天守までが年々しんどく感じます。(-_-;)

*廊下橋 (非常時には落下させ、敵の侵入を防ぐ)
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*およそ15分で天守前広場に到着しました。
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国宝彦根城は、400年以上も美しい姿を留めていますが、
明治時代には「廃城令」で破壊・売却される運命でした。
ところが明治天皇が巡行で彦根を通過された折り、
お城の保存を命じられたため破却を免れました。
その際、天皇に保存を奏上したのが巡行に同行していた
「大隈重信公」だと言う事です。

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今回、この記事を書くにあたり調べた結果、彦根城は二度、
命拾いをした事を知りました。一つは今述べた明治天皇の
鶴の一声で破却を免れたこと。(日本史で習った記憶があります)
もひとつは、終戦の年の8月15日夜に連合国軍が彦根市を夜間
爆撃の予定だったが、同日正午の終戦の詔勅により、
日本が降伏爆撃を免れたと言うことです。
知らなかったぁ~ 正に間一髪。驚きました。

*天守前広場の可憐なウメ   *こちらも多分ウメ?
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*梅林です。白梅は終わりかけのようでした。
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*お堀ではコブハクチョウさんがの~んびり泳いでいました。
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コブハクチョウさんはオレンジ色のくちばしで、上部の付け根
辺りに名前の由来となる黒いこぶのようなものがあります。

*こちらのお堀にはサクラの古木、かなりの樹齢でしょうね。
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*井伊直弼公が不遇の時代を過ごした「埋木舎」(うもれぎのや)
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彦根藩13代藩主「井伊直中公」の十四男として誕生した
直弼公。父君が藩主の間は下屋敷で暮らせますが、兄が藩主
になれば控え屋敷で暮らさねばならず、17歳の時にここに移り
住みます。下屋敷のように立派ではなく、大名の家族の住居と
してはとても質素だったようです。

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兄弟達が次々と養子に行くなか、直弼公は養子先が決まらず、
「花が咲く事もない・世に出る事もない埋もれ木と同じ」だと
して「埋木舎」と名付け、約15年間、心身の修練に励みます。

ところが人の運命はわかりませんね。藩主だった兄の直亮公
が亡くなり、その養子も早世し、一人残っていた直弼公に
藩主の座が転がり込んで(表現不適切 m(__)m)来たのです。
・・・その後は歴史書に名を残す出世をした事は言うまでも
ありません。

井伊直中公は14代藩主・11代当主と言う数え方もあるよう
 です。蛇足になりますが初代藩主は、関ヶ原の合戦で先陣
 を切った勇猛果敢な「井伊直政公」です。

*町内のサクラ 27日    *氏神さま境内のミツマタ 27日
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    町内のサクラは3月中に満開を迎えると思います。
       今までは4月8日の入学式の頃でした。
      今年はどちらも開花が早いようですね。

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