大津市坂本地区 生源寺・滋賀院門跡・西教寺


11月6日、後期高齢者直前のお仲間3人で、大津市坂本地区
をガイドさんと共に歩いて来ました。(女性のガイドさん
1人に参加者は女性ばかり9人。うち、お2人は金沢市から
お越しでした。集合地はJR湖西線 比叡山坂本駅)
坂本地区は、比叡山延暦寺・日吉大社の門前町として古く
から栄えた風情ある街です。

生源寺(しょうげんじ) 大津市坂本6丁目
 天台宗の寺院。ご本尊は十一面観音さま。
 創建は延暦年間(782~806年)に天台宗の開祖である
 「最澄」によって自らの生誕地に建立されるも、1571年、
 信長の比叡山焼き討ちで全焼。現在の本堂は1595年建立。
 1710年改築されたものです。

*生源寺本堂
8634正.jpg

*「最澄」の産湯に使われたと伝わる産湯の井戸。
IMG_8636.JPG

*「最澄」少年像
IMG_8637.JPG
IMG_8635.JPG















*生源寺ご朱印です。平成29年にいただきました。
8805修正.jpg

滋賀院門跡 大津市坂本4丁目
 天台宗の寺院。ご本尊は薬師如来さま。
 創建は1615年。開山は天海。
 江戸時代末まで天台座主となった皇族代々の居所であった
 ため、高い格式を誇り「滋賀院門跡」と、呼ばれている。

*滋賀院門跡庫裏   ネットからお借りしました。
滋賀院庫裏.jpg

*珍しい「輿」が展示されていました。
IMG_8638.JPG

IMG_8639.JPG
10人がお神輿のように担ぐのですね。乗せていただくには
高くて怖いです。私は ↓ こちらの方が良いです。(笑)
大通寺 かご.jpg
 井伊直弼公の七女、砂千代姫の籠です。長浜市大通寺保管

*小堀遠州作の立派な庭園でしたが、
 なんせ撮り手がヘタクソで。(T_T) m(__)m
IMG_8641.JPG

IMG_8642.JPG

さて、坂本は 「穴太(あのう)衆積み」と言う石垣の街
としても有名です。穴太衆は安土桃山時代、主に寺院や城郭
などの石垣施工を行った石工の集団です。

*坂本地区にはこのような石垣があちこちに見られます。
IMG_8661.JPG

自然の石の形をそのまま生かして積む技法ですが、全て計算し
くされて大変堅牢であった事から後に彦根城・二条城・姫路
・名古屋城などの石垣はこの穴太衆積みが用いられました。

*滋賀院門跡の石垣も穴太衆積みです。 平成29年4月撮影
滋賀院門跡石垣平成29年.jpg

*滋賀院門跡ご朱印です。
8718修正.jpg
滋賀院門跡から日吉大社前へと進み、ガイドさんとはここ
でお別れ。あとは皆さん思い思いの行動です。私たち3人は
明智一族のお墓のある「西教寺」まで約20分歩きました。
なだらかな上り坂が続き、少ししんどかったです。

*西教寺に向かって歩いている時に見かけました。私は初め
 てですが、友達は『オニユズ(シシユズ)ちゃうか?』と。
IMG_8662.JPG

*西教寺総門に到着です。この門は光秀公の居城、
 「坂本城」から移築された門です。
西教寺門.jpg

西教寺 大津市坂本5丁目
 天台真盛宗総本山。ご本尊は阿弥陀如来さま。
 開基 聖徳太子と言う説があります。
 復興 恵鎮上人
 再興 真盛上人

*総門前の石碑。       *少し色づいた参道です。
8663正.jpg
IMG_8690.JPG













*本堂 重要文化財
IMG_8671.JPG

*境内にある光秀公一族の供養塔と妻「熙子さん」のお墓。
IMG_8674.JPG
IMG_8673.JPG















本堂では木魚を鳴らしてお参りさせていただきました。
 約15分間くらいですが「南無阿弥陀仏」を唱えて木魚を鳴ら
 すなど初めてで、心が洗われたような気持ちになりました。
IMG_8680.JPG

*書院庭園には、こんなのもありました。(^^)
IMG_8682.JPGIMG_8681.JPG















*西教寺境内から臨む対岸の三上山。琵琶湖は下に見えます。
 やはりかなり上り坂だったのですね。しんどいはず。
IMG_8686.JPG

西教寺は生源寺と同様に、信長公の比叡山焼き討ちに遭い、
焼き討ちの中心的な役割をはたしたのは信長公の家来である
光秀公。その光秀公は後に西教寺の復興に務め、配下や
妻熙子さんの供養を行いました。光秀公は今、あの世で西教寺
についてどのような思いでおられるのでしょうね。

*西教寺ご朱印です。平成18年にいただきました。
西教寺ご朱印.jpg
   「絶える事なく念仏を唱える」意味だそうです。
    

この記事へのトラックバック