G.W. 次女と洛北大原へ Ⅱ 宝泉院・寂光院

勝林院の次は「血天井・五葉の松・額縁庭園」で有名な
宝泉院に向かいました。徒歩約1分。勝林院の塔頭寺院です。

*新緑が目に飛び込んできました。山門です。
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宝泉院  京都市左京区大原勝林院町の天台宗の寺院
     山 号  魚山
     ご本尊  阿弥陀如来
     創 建  1235~1237年
     開 基  宗快法印

*鶴亀庭園
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     こちらも、まばゆいばかりの新緑です。

*五葉の松の説明ですが、読み難いので寸法だけ記します。
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樹高11m・枝張り南北11.5m・東西14m・根回り4.25m。
幹は3本に分かれている。周囲の竹林は冬の季節風を防ぎ、
この樹の生育を保全する役目をはたしていると考えられる。

*客殿から眺める樹齢約700年の五葉の松。
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*外からは・・・近江富士の三上山を象っているそうです。
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   金閣寺の「陸舟の松」、吉峯寺の「遊龍の松」と共に
    「京都三大松」の一つに数えられている名松です。

*額縁庭園額縁3.jpg  客殿の西方、柱と柱の空間を額に見立てて観賞します。

*私たちもお茶をいただきながら、庭園と竹の合間から
 望む緑豊かな大原の風景をしばし眺めていました。
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*血天井
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関ヶ原の戦いの(直前)前哨戦とも言われる伏見城の戦いで、
豊臣軍に敗れた徳川家康の家臣、鳥居元忠以下三百余名が
伏見城中で自刃しました。その血染めの床板を天井板にして
祀り、武将たちの霊を慰めています。(私は血痕を判別できず)

*法然上人 衣掛けの石
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    「大原問答」の勝林院からとても近い宝泉院。
     法然上人もこちらにお越しになったのですね。

*宝泉院御朱印
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宝泉院の次に訪れたのは、壇ノ浦の戦い後、
建礼門院徳子さんの隠棲の場となった寂光院です。

寂光院  京都市左京区大原草生町の天台宗の寺院
     山 号  清香山 (せいこうざん)
     ご本尊  地蔵菩薩
     創 建   594年
     開 基   聖徳太子

*「里」と言う風景にピッタリと思います。大原の里。
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*道中にありました。
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今さらですが、建礼門院徳子さんは壇ノ浦の戦いで、母君の
二位の尼・愛息の安徳天皇等と共に海に沈みますが、源氏の
兵士に熊手で救い上げられ一命をとりとめ、その後出家して
尼となり、寂光院で平家一門の冥福をただただ祈って余生を
送られたと言う事です。

*宝泉院から約25分で参道に到着です。
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*山門と本堂
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*境内
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*諸行無常の鐘・・・・・思い出せない(T_T)
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境内を散策していると「諸行無常の鐘」と書いた鐘楼が。
高校の古文の教科書に出てきたような?「何物語やった?」
ド忘れしたのかどうしても思い出せず。
恥を忍んで(笑)次女に聞きました・・・
『祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり』
『お母さん、平家物語やん~』と、次女。
『ほやほや、ここは徳子さんのお寺や~平家物語やな・・・』
アカン・アカン、何をボケているのやら茶々。(>_<)

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*4寺院を拝観し、新緑に包まれた大原の里を心ゆくまで
 堪能し、遅めの昼食をいただき帰路につきました。
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*寂光院御朱印
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