第二回 光秀ウォーク 天下分け目の山崎合戦 ①

京都ウォーキング協会主催の2020年2月の第一回
光秀ウォークに参加後は、コロナウィルスの影響で、
企画されていた二・三回目のウォークは中止になり残念
でしたが、この11・12月に再度予定が組まれ、6日、
第二回目の光秀ウォークに参加させていただきました。

*集合場所は JR京都線 山崎駅 私はこの駅に降りるのは初めてです。
 JR京都駅から大阪駅に向かって五番目の駅になります。
光秀ウォーク 001.JPG

コースは JR山崎駅 → 離宮八幡宮 → 宝積寺(ほうしゃくじ)→ 
旗立松 → 観音寺 → 山崎合戦古戦場跡 → 明智光秀本陣跡 →
勝竜寺城公園(勝竜寺城跡)→ 西国街道 → 最終 JR長岡京駅。
パンフレットにはおよそ11km のコースと記されています。

*油祖 離宮八幡宮 JR山崎駅から徒歩約1分。
 検温など受付は、境内をお借りして行われていました。
光秀ウォーク 003.JPG

光秀検温.JPG 荏胡麻油の発祥の地で、油の製造・販売の中心「油座」
 として江戸時代まで栄えていましたが、荏胡麻油に代わって
 菜種油が大量に生産されると徐々に衰退しました。
 現在は油の神様として親しまれています。 

*受付を済ませ出発しました。宝積寺へ向かいます。
光秀ウォーク 006.JPG

宝積寺  京都府乙訓郡大山崎町の真言宗智山派の寺院。
     山 号  天王山
     ご本尊  十一面観音菩薩
     開 基  聖武天皇の勅願により行基が開山
     開 山  行基 724年

*天王山登り口  宝積寺までかなりの上り坂です。(;'∀')
光秀ウォーク 007.JPG

*宝積寺仁王門 やっとこさ到着。
光秀ウォーク 055 - コピー.JPG

光秀ウォーク 059.JPG光秀ウォーク 056.JPG














宝積寺は京都府と大阪府の境に位置し、古来より交通・軍事上の要地であった天王山(標高270m)の南側山腹にあり、
山崎の合戦で秀吉軍が本陣を置いたお寺さんでもあります。

*三重塔(重文) 1604年建立。
IMG_0990.JPG

光秀ウォーク 037 - コピー.JPG
光秀ウォーク 036.JPG













山崎の合戦で亡くなった人々を弔う為に、秀吉公が一夜で建立
したと言う逸話がありますが、実は建立は秀吉公没後です。

宝積寺看板.JPG

*手水舎 コロナの影響か、お水・柄杓はありませんでした。
光秀ウォーク 041.JPG

*本堂と扁額
宝積寺本堂人.JPG

光秀ウォーク 039.JPG

*閻魔堂 (重文)
光秀ウォーク 040.JPG

*秀吉公出世石
光秀ウォーク 044 - コピー.JPG
光秀ウォーク 045.JPG














合戦のおり、この石に腰かけて采配を振るい、天下人になった
事から、これ以降「出世石」と呼ばれるようになりました。

*小槌宮
 聖武天皇が夢で竜神から授けられたと言う「打出・小槌」
 そして「大黒天」を祀っています。
光秀ウォーク 047.JPG

光秀ウォーク 046.JPG
現在祀られている「打出」は棒状で約30cm、「小槌」は
直径約15cmの太鼓型だそうです。「打出・小槌」を祀る事
から、宝積寺は別名「宝寺たからでら」とも言われています。

*奉納巾着 財宝がザクザクと巾着に入りますようにのお願い?(^-^)
光秀ウォーク 048.JPG
    寺院に絵馬、神仏習合のなごりだそうです。

*宝積寺御朱印
聖徳太子御朱印 012 - コピー.JPG

宝積寺の次は、秀吉公が味方の士気を高めるため、天王山の
8合目付近にある老松の樹上高く千成瓢箪の旗印をかかげた
「旗立松」でしたが、登るのが厳しいためパスしました。
このあとは観音寺、山崎合戦古戦場等に向かいます。

**新型コロナウィルス、第8波が懸念されています。私家は2人とも8日
  に五回目の接種(オミクロン株対応2価ワクチン)を済ませました。
  皆さまもどうぞ健康にご留意されお元気にお過ごしくださいませ**